千葉バイブルバプテスト教会(千葉市中央区)|2010年9月メッセージ

9月分のメッセージ
「神の国と神の義を求めなさい」

 神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。  マタイの福音書 6章33節
  神様は私たちの求めにお答えくださるお方です。しかし、どんなことでも、祈るならばお答えくださる訳ではありません。私たちは生活の全てに優先して、自分の目標や計画の実現に努力します。目標や計画を持つことは素晴らしいことですが、達成の要求が強くなるにしたがって、神様への求め方も自己中心的になる傾向があります。イエス様はこの世に遣わされ、その生活を通して人々に正しい生き方の模範を示されました。

 イエス様のお言葉の第一は「心配は無用です」私たちは日々の生活の中で様々な心配をするものです。しかし、イエス様は、心配したからと言って自分のいのちを少しでも延ばすことが出来ますか。と神様が世の支配者であることを示します。心配は、私たちの不安をあおり希望さえも失わせ、生きる力も取り去ってしまうのです。神様は、すぐに枯れてしまう野の草さえも目をとめておられるのだから、あなた方に良くして下さらない訳がない。だから心配すは無用だと教えています。キリスト者の心配は、神様に対する不信仰の表れなのだと教えています。

 イエス様のお言葉の第二は「神の国とその義を求めなさい」です。(求めなさい)という言葉は、せつに求める、激しく求める、そのために生きる。という意味を持っています。ですから、神の国とその義のために生きる。という意味になります。さらに、イエス様は「まず」と言いました。第一に、とか何よりも先に、という意味ですから、何よりも優先して神の国を求めなさい。という意味で用いられています。また、神の義を求めるとは、神様の言葉に従って生きること、お言葉に信頼し服従することで神様の義を全うできるのです。神の義を求める者に祝福を与えて下さるお方なのです。

 イエス様のお言葉の第三は「労苦はその日で十分です」イエス様は明日の心配は無用です。と教えています。私たちの心配は、ほとんどが将来に対してなされるものです。過去に対しては後悔、将来に対して心配です。この様な生活では満足も感謝もする事は出来ません。自分を責め、他人を責め、世の中を責めるのが関の山です。しかし、イエス様を信じて救われた私たちは、この世と次の世を全て支配しているお方を信じています。私たちの労苦もご存知で、神の国を求めて生きるものに神が必要をすべて備えて下さいます。との約束が今も与えられています。恵みの約束に与ってみようではありませんか。

マタイの福音書 6章33節

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