千葉バイブルバプテスト教会(千葉市中央区)|2010年11月メッセージ

11月分のメッセージ
「イエス様のお言葉の約束」

「わたしに何をしてほしいのか。」すると盲人は言った。「先生。目が見えるようになることです。」
  マルコ10章51節

 目が見えないのは不自由なものです。しかし、目が見えないことによって、かえって他の器官が補う働きをして正しくものを見分けようとします。今から2000年前、イエス様が生きていた時代のパレスチナでは、目が見えないことによる差別があり、礼拝にも参加できず仕事にも着くことが出来ませんでした。聖書に出てくる盲人のバルテマイは、道端に座して通行人から物乞いをして生活するしか生きて行く手立てがなかったのです。

 1、「憐れみを求めた盲人バルテマイ」
道端に座していたバルテマイは、ナザレのイエスだと聞くと「ダビデの子のイエス様、私をあわれんでください」と叫び始めた。ユダヤ人はダビデの血統から救い主が現れることを信じていました。彼はイエス様こそダビデの子、メシヤであり、全ての問題の解決者であることを知っていたようです。しかし、人々は盲人のバルテマイはイエス様に語ることも、近寄ることも許さなかった。人々は彼をたしなめたが、彼のイエス様を求める要求は、彼らが阻止する言葉に負けませんでした。人々の制止する大きな声に、イエス様に求める要求が止められることはありませんでした。盲人の切なる要求に、イエス様は目を向けて下さいます。

 2、「何をしてほしいのか」
イエス様は、叫び求める者の要求を無視することはいたしません。求める者に耳を傾け、招いて下さるお方です。そして、わたしに何をしてほしいのか?と求められます。イエス様は全てをご存じですが、求める者の明確な要求を聞かれます。彼は、イエス様の質問に対して、「目が見えるようになることです。」と答えています。彼はイエス様が癒し主であることを疑わず、要求しています。私たちもイエス様に対して、明確な要求をする時、神様のみ言葉を確認することになります。

 3、「信仰によって与えられる恵」
イエス様は、求める者がどのような信仰を持っているのか、大変大きな興味を持っておられます。そして、イエス様にどれほど信頼しているかを確認されます。イエス様は彼に語ります。「あなたの信仰があなたを救ったのです。」イエス様への信仰があるか、ないかで結果は2つに分かれてしまいます。バルテマイはイエス様への信仰によって、奇跡を受けることが出来ました。バルテマイ自身に癒す力や問題解決の知恵があったのではありません。バルテマイは、ただイエス様の質問に即座に答えて、先生目が見えるようになることです。と言っただけです。彼はイエス様を信頼し、何の疑いもなく、素直に信じています。イエス様は、彼の信仰に目を留め、あなたの信仰があなたを救ったのです。と宣言されました。すると彼の目は癒され見えるようになりました。彼は、イエス様のお言葉に生きることによって、新しい生活が始まりました。彼はもう座して物乞いをする生活に束縛されることはなくなりました。イエス様の憐れみによって大きな祝福に与ったバルテマイの証は、今を生きる私たちにも適用されます。分け隔てなく祝福して下さるイエス様のお言葉の約束に与ろうではありませんか。

弱さを誇る事が出来るのです。なぜなら、弱さのうちに働かれる神様によって、強くされるからです。

マルコ10章51節

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